コケチックな生き方

 突然ですが、八ヶ岳は苔の聖地でもあります。小海に行ったとき、いつも宿泊させていただいている山小屋の敷地内にも、苔はいっぱい生えています。岩や倒木を覆った緑の苔は、ほんと瑞々しくて美しい。でも、いつも緑一色なわけではない。ときには茶色っぽくなっていることもありました。それまでは見向きもしなかったのに、いまはコケの様子をみるのが楽しみのひとつになっています。半年ほど前におこなわれた木花の苔玉講習会がキッカケだったでしょうか。
 そんななか、市立図書館の新刊コーナーでふと目にとまったのが「コケの自然誌」(ロビン・ウォール・キラマー著、築地書館刊)という本。さっそく借りました。読み始めると眠れなくなる。ふだんは睡眠導入剤がわりに本を読むことが多いのですが、逆効果でした。
 苔ってどこにでも生えているイメージがありますね。たとえばブロック塀の下のほうにへばりついたり。どんな場所でも生き抜いていける頑健な生物。そんなふうに思いがちですが、じつは違う。驚くほど生息条件は狭いらしい。花崗岩だけ、石灰岩だけ、カエデの腐った節穴だけ、特定のネズミが掘り起こした穴の中だけ、4週間たったシカの糞だけ、などなど。苔の種類ごとに異なる。川べりの岸壁などでも、水面からの高さによって何種類かの苔が層状に棲み分けている例があるとか。
 苔には、草や木を打ち負かして生きていく力はありません。だから、他の植物がいないところを選んで棲む。他の生物との生存競争は避ける。ニッチな生き方。ある意味おくゆかしい。単なるニッチではありません。とことんニッチ。それでいて危機には強い。水がなくてもしっかり生き延びる。枯れたようにみえても、水さえあればすぐに甦ります。
 葉や茎は枯れても根には水分が保たれているから生き延びられる? NO! そもそも苔には根がないそうです。岩などにへばりつくための仮根はあっても養分を吸い上げるための根はない。根無し草(若いころは憧れとイジケが入り混じった言葉でした)。
 ニッチな根無し草には共感を覚えます。苔のように、世間の片隅で大した悪さもせずにひっそりと生きたい。たまたま何か人の役に立つことがあれば、もっといい。
 ただし、苔はわたしと違って偉大です。他の生物の揺り籠でもある。じっさい、植物の種や昆虫などの卵は苔のなかに着床して生命を育んでいる。鳥や獣たちは苔を巣やネグラの中に苔を敷き詰め布団がわりにする。人間は脱脂綿がわりに、オムツや生理用品として使っていました。乾燥苔は、その20倍もの水を吸い込むそうですよ。こんなことをきくと、自然のダムの役割を果たしているのは森の樹木以上に苔のような気もしてきます。苔のコロニー自体が小さくても豊穣な森なんですね。